VROSIDEの始まり:VRの今と未来を考える
VROSIDEを立ち上げた、VRという世界にもう少し丁寧に向き合いたいと思ったため。私にとってVRは、単なるゲームや革新の技術ではない。様々な人と出会い、価値観の触れ合い、現実では得られない体験を沢山くれる場所である。だからこそ発展途上のまま、メジャーになれないVRがもどかしい。そして、うずうずとVRの広がりを追いたいと思った。本記事はそんなVROSIDEを立ち上げた人の話を記す。
VRが私にもたらしたもの
私は多忙である。と一言目にするぐらいには忙しいし、やはり私生活を犠牲にする程度には忙しい。だから日常を雑に過ごしがちで人と深く関わる機会も得られなかった。それがVRChatで一変した。VRChatとはソーシャルVRプラットフォーム。つまり私のもう一つの生活空間である。もう一つの生活空間での会話、遊び、散歩して過ごす体験は、想像以上に私のメンタルを支えてくれた。ネットワークは物理のハードルを、アバターの着ぐるみは心理のハードルを下げる。世界中の人と気さくにつながることができたし、様々な人々の価値観や人生を浴びることができる。それは現実の旅行や交流とも少し違う新体験で、その新体験は不思議と私の活力を引き出した。
実際の話をすれば、VRChatで知り合ったフィリピンの友人に会うため単身でフィリピンへ行ったことがある。現地では旅行計画から案内、食事、移動、安全面まで本当に助けてもらった。観光地やレストランも印象に残っているが、一番記憶に残っているのは、その人の考え方や人生観を直接聞けたことだった。いっぽう最近の話なら、日本へ留学していた中国出身の友人と新宿で食事をする機会があった。食事や遊びももちろん楽しい。だが、それ以上にお互いの国の働き方や文化、恋愛観や将来の話が聞けるのが良い。あたふたとスマホの翻訳画面を放出する瞬間が痛快。つくづく珍しい経験をしていると思っているが、それがVRの日常だし、VRから得た私の現実である。
VRの魅力はその空間において何故か自分が解放できるものだから、他人に興味が持てるし他人に興味を抱かれる点だろう。
一方で、なかなか普及されないVR
VRは単に人を救うから、もっと広がってほしいと思っている。ただ現状を見れば、誰しもが気軽に入れる世界ではない。ヘッドセットは高価で、重く、装着にも心理的ハードルがある。PC接続型ではスペックも求められるし設定はとても複雑。市場としても成長が期待されている一方、一般消費者向けのVR機器は爆発的普及に至らず。VRChatはVRChatで独特な文化があるからVRChatのみで言えばVRChatに残る人にもある程度の傾向が出ていると思う。なんやかんやVRに興味を持った人が馴染むまでの閉ざされたドアがまだ多すぎる。人口が増えないとVRに絡んだマネタイズも成立が難しい、何も知らんけど単純にそう思う。
VRの今を追いたい、未来を想いたい
なんやかんやVRに関する色々な情報を得たいと思った。私だってVR世界に入りたてのワナビーで、私の知らないところでは盛んに発展していたり巨万の富を築いていたりする人がいるのかもしれない。その逆でVRは衰退の一途なのかも分からない。結局VRで何が起きているのか。どんな技術が出て、どんな人が作り、何が失敗して、何が広がろうとしているのか分かっていない。そして、せっかく調べるなら、自分だけではなく誰かにも共有できる形にしたい。それがVROSIDEを立ち上げた経緯である。VROSIDEはVRという世界をもう少し丁寧に見ていき、VRの今と未来を考えていく。